『真なる死神』が『千年城』を後にした。

その情報が埋葬機関経由で欧州に散らばる各退魔組織や死徒達に流れた時それを好機と見た者が多数いた。

『真なる死神』を自らの配下や死徒にと目論む者はそれこそ多数いたからだ。

更に『真なる死神』を危険とみなしその命を狙う者もいた。

彼が自分達にどれほどの危害を加えるか?

それに恐怖した者は更に多数いたからだ。

直ぐに各組織は『真なる死神』追跡を決定し刺客を放った。

ある者は『真なる死神』を手駒とせんために、ある者は『真なる死神』を亡き者とせんために・・・

しかし、彼らは肝心な事を忘れていた。

『真なる死神』の実力がもはや並の死徒や代行者等に太刀打ちなど出来るものではなくなっている事を・・・

三章『七夫人』

序『帰国』

「先生・・・何か恨みでもあるのですか?」

もう深夜となった欧州のとある都市のホテルで志貴はここにはいない恩師の一人を愚痴っていた。

飛行機のチケットを手配してくれたのは良い。

更に翌日だと言うからホテルまで用意してくれた事には感謝の言葉も無い。

しかし、しかしだ・・・

「何でそれがバチカンからなんですか?」

そう今志貴は、埋葬機関のお膝元バチカンにいた。

ここから翌日日本行きの便で帰国する。

しかし、どうも落ち着かない。

それも当然だった。

先程から志貴を監視する視線をひしひしと感じてしょうがない。

「はあ・・・ごたごたは嫌なんだけどな・・・」

明日は早い為早く眠っておきたいと言うのにこんな事で体力を消耗させる気は無かった。

「とりあえず損害賠償が出た場合は先生に請求を送り付ければ・・・」

そうぶつぶつ言っていた志貴は不意に殺気を感じた。

「はあ・・・休ませてもらえないって訳か・・・」

そう呟くと懐から『七つ夜』を取り出してから

「レン・・・お前は寝ていて良いからな」

そう言ってベッドで丸くなっている黒猫を撫でてから志貴は部屋を後にした。







ホテルの屋上では二つの人影が対峙している。

一つは『七つ夜』を携えた七夜志貴。

そしてもう一つは一見すると二十代の歳若い青年。

しかし、その気配は濃密な血の臭いを撒き散らし人ではないことは明らかだった。

「ほう・・・貴様が『真なる死神』か・・・さほど強い力は見られぬようだが」

その男・・・いや死徒は志貴を値踏みするような視線で呟く。

「やれやれ・・・俺個人としては別にお前らをどうこうする気は無いんだがな・・・」

うんざりしたような口調で志貴は呟く。

もうこれで何度目の襲撃となるか判ったものではない

「そうはいかん。貴様の存在は遠からず我らの害となるだろう。危険の芽は起こらぬ内に摘み取る。それが常識というものだろう」

「ふう・・・死徒に常識を諭されるとはな・・・世も末と言った所か・・・」

溜息をついて『七つ夜』を構える。

と、その時には既に死徒は志貴に肉薄しその爪で志貴の命を刈り取らんとしていた。

「もらったぁ!!」

死徒は確かにそう確信した。

「・・・ワンパターンだな」

一方の志貴は何も感情の浮かばない瞳を向けただけ。

この様なことには、過去百回遭遇した。

驚けと言う方が無理と言うもの。

しかし、直撃を受ければ人である志貴は間違いなく死ぬ。

だから体は最善の方法をとっていた。

ぎりぎりまでひきつけてその一撃を容易くかわし、次の瞬間『直死の魔眼』を解放し一撃を加える。

死点を貫き終えたら再度封印を施し、それから屋上を後にする。

僅か一秒で決着はついた。

志貴が屋上から出た時死徒は死徒であった名残を僅かな灰として残すのみだった。








「ふう・・・朝か・・・」

結局あの後は一度の襲撃を受ける事無く朝を迎えた。

「えっと・・・現地時間の昼の十一時離陸か・・・今が朝の八時・・・よし朝食を食べて空港に行くか・・・」

そう呟くと傍らの黒猫に話しかける。

「レン、朝ごはんはどうする?」

その言葉を聞くとうっすらと眼を開け人型となり、ただ一言

「・・・ケーキ食べたい・・・」

「そうか・・・じゃあここのレストランに行こう」

「・・・うん」

その言葉を聞いて嬉しそうに頷いたレンを連れて部屋を後にしたのだった。







空港では当たり前だが大勢の人でごった返している。

「・・・すごい・・・人たくさん・・・」

あまりの人数の多さにレンが眼を回す。

「はは、そうか・・・レンは『千年城』から出た事無かったんだな。・・・まあ、その内慣れるけど俺の傍を離れちゃ駄目だぞ」

志貴の言葉にレンはこくこく頷く。

「それと、レン暫くは猫に戻っちゃ駄目だぞ」

「・・・うん・・・」

レンには少し辛いかもしれないが少なくても機内では人でいてもらわないといけない。

「じゃあ行こうか」

そう言って志貴がレンの手を繋いで歩き出そうとした時不意に複数の男達に囲まれた。

「失礼、『真なる死神』ですな?私は・・・」

「生憎だけど急いでいるんでな勧誘だったら断っている」

最後まで言わせずそのまま歩き去ろうとする志貴を男達は壁を作って阻む。

「まあまあ、話しは最後まで聞いてください。決して貴方に不利な話ではありません」

「ようはお宅らの組織に入れだろ?」

「さすがに察しが良い。我が組織は貴方に・・・」

「悪いな。俺は何処にも属する気は無い。幾ら積まれようが返事は同じだ」

それだけ言うと志貴はするりと壁をかわして足早にゲートに向かった。

「・・・」

一方、かわされた側は皆一様に怒りに満ちた表情を浮かべている。

「くそっ!!なにが『真なる死神』だ!!あんな東洋のガキになんで俺達がぺこぺこしなけりゃあならねえんだ!!」

「・・・その東洋のガキが死徒二十七祖を二つも滅ぼした。我らでは不可能であった筈のな・・・」

「くっ!!」

その歴然たる事実に男達は歯切りをするのみだった。







「うーーーん・・・長かった・・・」

「ふにゃあぁああああ・・・」

「はは、レンお前も疲れたか?」

「にゃあ・・・」

背伸びして長旅の疲れを癒す志貴は同じ様に四本の足を伸ばしているレンに笑いかける。

長かった飛行機での旅を終わらせ急行に鈍行と列車を乗り継いで志貴とレンは駅に到着していた。

そう、七年前、志貴が翡翠・琥珀と初めて出会った駅に。

「・・・もう直ぐだな・・・皆元気でいてくれると良いけど」

そう呟き志貴はポケットから純白と水色のリボンを取り出す。

かつて旅立った時に手渡された再会の約束の品。

「さて・・・もう直ぐ会えるからな・・・気張って行くか」

志貴がバックを手にした時、

「あ・・・志貴ちゃん?」

自分を呼ぶ声が聞こえた。

「えっ?」

振り返るとそこには、着物を着た赤毛の少女が立っていた。

薄い黄色・・・ようは琥珀色の・・・の下地に向日葵の模様が鮮やかな着物をこの歳としては珍しく完璧に着付けた少女が・・・

その少女を見た時一目でわかった。

少年の頃の様に瞳の色で判断しなかった。

判るのだ、その少女が発する空気の感覚で。

人それぞれ発する空気の質はまるで違う。

だから志貴は万感の思いを込めて笑顔で答えた。

「ただいま・・・琥珀ちゃん」







『ただいま・・・琥珀ちゃん』

この言葉を聞いた時琥珀はやっと志貴が・・・五年前必ず帰ってくると約束した少年が今帰って来たのだと実感できた。

数日前、黄理から『志貴が帰ってくる』と知らせを聞いた時あまりの興奮で妹の翡翠と共に童心に返ったみたいにはしゃぎ回ってしまった。

それから真姫や他の小母さん、お姉さん達と共に志貴が帰ってきたお祝いのご馳走を張り切って作った。

翡翠に至ってはその日から朝昼晩と、志貴の部屋を掃除して何時志貴が帰ってきても良い様に準備を整えた。

そして、当日・・・つまり今日・・・自分と翡翠は黄理に志貴の出迎えを命じられてこの駅に降りてきた。

そう・・・かつて自分達姉妹はここで優しくて温かい蒼い瞳の少年に出会い、恋をしたのだ。

その想いは五年間離れ離れとなっても色褪せる事無く二人の胸に留まり続けた。

そして・・・その少年は想像していたよりも遥かに逞しく、そしてあの頃と変わらない笑顔で帰って来てくれた。

その思いが爆発し、気が付けば琥珀は志貴の胸に飛び込んでいた。

それは常に恥ずかしがり屋で大人しい(日常生活では)琥珀にしては信じられないほどの感情を露にした行動だった。

そして、琥珀は胸から溢れ出さんほどの想いを一言に乗せて発した。

「・・・お帰りなさい・・・志貴ちゃん」

「うん・・・ただいま・・・」

志貴もただその一言だけ言い、優しく琥珀を包む様に抱き締める。

それだけでも琥珀は感極まり、その瞳から涙が零れ落ちる。

「・・・ぐすっ・・・志貴ちゃん・・・志貴ちゃん・・・」

「え?こ、琥珀ちゃん・・・どうしたの?何で泣いてるの?」

思わぬ事に志貴は慌てて尋ねる。

「ぐすっ・・・志貴ちゃん・・・嬉しいの・・・志貴ちゃんが・・・帰ってきてくれたから・・・」

「琥珀ちゃん・・・」

「志貴ちゃん・・・」

二人は自然に見つめあい、そして・・・

姉さん・・・何しているんですか?

殺気に満ちた声に弾かれる様に離れた。

「あ、あは〜ひ、翡翠ちゃん・・・」

そこには琥珀と同じ顔立ちをした、水色の下地に朝顔の模様の着物をきた少女が立っていた。

ただその表情は・・・無表情、怒りの感情が臨界を超えて逆に表情が抑制されている。

「・・・姉さん・・・約束したよね・・・志貴ちゃんには二人揃って『お帰りなさい』って言うって・・・」

「あ・・・あははははは〜志貴ちゃん見ちゃったからつい・・・」

それに対する琥珀は焦りがありありと浮かんでいた。

「ついで許されるものと思っているんですか?・・・私だって・・・志貴ちゃんに、ぎゅって抱きしめて貰いたかったのに・・・志貴ちゃんの笑顔一番で見たかったのに・・・

ぶつぶつと呟く翡翠の手にかなり物騒な物が現れた。

それは翡翠の身の丈とほぼ同じ長さの居合い刀だった。

それを手に翡翠は姿勢を低く保ち何時でも抜刀できるよう溜めに入る。

「は、はうっ!!ひ、翡翠ちゃん!!それは駄目だよ!!お母さんから『使わないように』って・・・」

それを見た琥珀は慌てて止めに入るがもう翡翠の耳には届いていない。

「姉さんの・・・姉さんの・・・お姉ちゃんの馬鹿――――――!!!!

そんな絶叫と共に翡翠は志貴の眼にすら止まらぬ早さで抜刀と斬撃を繰り出す。

それを琥珀は同じく物騒な物で受け止める。

それは翡翠の居合い刀よりは短い二振りの忍者刀だった。

それを上下に交差させて翡翠の一撃を挟み込む様に押さえ込んでいた。

「ひ、翡翠ちゃん落ち着こう。ね、志貴ちゃんが驚いているよ」

「!!!」

琥珀の言葉に弾かれた様に辺りを見渡す翡翠。

と、視線の先には余りの事に呆然となった志貴がいた。

「し、しししし志貴ちゃん・・・」

慌てて居合い刀をしまう翡翠。

(どうやったらあんな長い刀を隠せるんだろうか?)

志貴のショートはまだ回復していないようだ。

それでも、やや引きつった笑みを浮かべて

「えっと・・・翡翠ちゃん・・・だよね?・・・ただいま」

「うん・・・志貴ちゃん・・・お帰りなさい!!」

その言葉と共に翡翠もまた姉と同じく眼を潤ませて、感情を爆発させて志貴に抱きついた。

それも自身の体を思いっきり押し付けて。

その為志貴は見事に翡翠の女性としての成長をしっかりと実感してしまった。

「ひ、翡翠ちゃん!あ、当たってる!当たってるって!」

そう言っていたが当の翡翠は

「志貴ちゃん・・・志貴ちゃん・・・」

完全に陶酔して聞く耳を持っていなかった。

そうこうしている内にそれに呼応して、後ろから

「あーーーっ!!翡翠ちゃんずるい!!私も・・・私だって!!!えいっ!!」

その声と共に今度は背中に柔らかい感触が押し付けられた。

琥珀が先程の慎ましさとは無縁の勢いで抱き付いて来たのだ。

「こ、琥珀ちゃんまで!!は、離れて!!」

「「いや!!」」

その対処に志貴が大慌てに慌てたのは言うまでも無い事だった。

更に完全においてけぼりにされたレンは、ただひたすら毛を逆立てながら主を睨みつける為、志貴はそれこそ生きた心地すらしなかったと言う・・・







「ねえ・・・翡翠ちゃん、琥珀ちゃん」

「なに?志貴ちゃん」

「どうしたんですか?志貴ちゃん?」

駅前での騒動も一段落着いて志貴に翡翠・琥珀そしてレン(志貴の肩に乗っている)は『七夜の森』を歩いていた。

行き先は無論七夜の里。

そこで里の皆が志貴の帰りを待ちわびてくれていると言う。

そんな中志貴が先程から聞きたかった事をずばり聞いてみた。

「さっきの・・・あれなんなの?」

その志貴の質問を聞いた瞬間

「「・・・・・・・」」

二人はその場に硬直した。

「え、え〜と〜」

「あ、あはは〜」

翡翠はあらぬ方向に視線を動かし、琥珀は引きつった笑みを浮かべて、二人とも志貴と視線を合わせようとしない。

「二人とも・・・どうしたのかな〜」

志貴は若干、意地悪っぽい表情を作ると、二人と視線を合わせようとする。

しかし、その度に翡翠も琥珀も必死に顔を背けたりして志貴と眼を合わせない。

「やれやれ・・・仕方ないかな・・・話してくれないと三日間口きかないよ」

その瞬間には

「「話します!!」」

半泣きの表情で二人が詰め寄ってきた。

よほど志貴に話し掛けられないという事が辛いらしい。

「それで・・・どうしたの?あれ?さっき琥珀ちゃんが母さんの事言っていたけど・・・」

「実は・・・私達志貴ちゃんが修行に出た後お母さんから教わったの・・・」

七夜・・・退魔剣術を」

「ええっ!!」







七夜退魔剣術・・・それは混血ではない純粋な魔を打ち滅ばす為だけに編み出されたもう一つの七夜暗殺技法・・・

基本的には暗殺技法とさして差は無い。

しかし根本的な部分に違いが存在していた。

それは霊力を込めるか否かの違い。

退魔剣術は敵の対象が純粋な魔はもちろんの事、霊魂などの不可視の者すら存在する。

剣に霊力を込める事でその不可視の者や純粋な魔を打ち倒す。

また体に霊力を込める事で筋力や体力を飛躍的に上昇させる。

しかし、これを会得する為には本人の才能や技量よりも霊力の保有量という先天的な素質が絶対的に必要となってくる。

七夜にはそういった者が生まれる事は極めて稀であり今七夜で豊富な霊力を誇っているのはただ一人、志貴の母七夜真姫だった。

現に真姫は現役の時にはこの退魔剣術をもって男の暗殺者顔負けの働きを見せた。

しかしいくら霊力で周囲を強化しても芯は弱いまま。

その為真姫は直ぐに引退しその後黄理と夫婦となった。

しかし、その後七夜の子供達に霊力を持った者は現れず退魔剣術は廃れるものと思われたが・・・

「でも二人に霊力はあったの?」

志貴は当然の疑問をぶつける。

と、二人ともその途端やや怒った表情を作ると、

「志貴ちゃん忘れてない?」

「私達元は『巫淨』だって言う事」

志貴は『ああっ』と言う風に眼を丸くした。

そう、退魔四家の一つ巫淨家はそもそも実働派とも言える七夜家・両儀家に遊撃手的な役目が多く回る浅神家に比べて影が薄いが、悪霊・怨霊を浄化する、その膨大な霊力は他家を圧倒する。

その霊力を回復に回すのが『感応』である訳だが、

「お母さんに見てもらったら私達の霊力、七夜はもちろん巫淨でも屈指の量だって」

「だからね、お母さんに無理を言って退魔剣術を教えて貰ったの・・・」

えっへんと胸を張る翡翠にいささか萎縮して答える琥珀。

「でも・・母さんすっごく反対したんじゃ」

志貴には真姫が直ぐにそれを二人に教えるとは到底思えなかったので聞いてみると案の定、

「うん・・・一週間口喧嘩した・・・」

「だろうね・・・母さん二人には危険な事させたくないって何時も言っていたし・・・」

「それでもお母さんに一杯お願いしてやっと許してもらったの・・・」

「で二人とも腕前は?」

なんとなく気まずくなって、志貴がさり気なく話を変えると二人は目をキラキラさせて自慢しあった。

「私ね、抜刀流の免許皆伝もらった!!」

「私も二刀流を・・・」

「そっか・・・凄いんだ・・・」

そう言って穏やかに微笑む志貴に

「「志貴ちゃん・・・」」

二人は真っ赤にして両腕にしなだれかかる。

「え、え〜っと二人とも離れてくれると・・・!!」

そこまで言った時志貴は不意に周囲に気を配る。

見ると翡翠と琥珀も先程までの表情が嘘のような真剣な表情で志貴と同じく周囲に気を配る。

「翡翠・・・琥珀・・・離れて・・・」

そう言うと、二人は素直に離れ、静かに居合刀と忍者刀を構える。

「・・・で、何時まで付いて来るんだ?」

その言葉と共に何処に隠れていたのか迷彩服を着た複数の男達が茂みから続々と現れる。

数は五名程度、手には拳銃・機関銃と完全武装状態だ。

「何か用か?」

うんざりした様な声に男の一人が答える。

「貴様にあるんだよ『真なる死神』。お前さんは有名だからな、もう放置出来ない所まで来たからな」

そんな下卑た声に翡翠と琥珀は心底怒った表情で飛び掛ろうとするが志貴が視線でそれを制する。

「はあ・・・懐柔が駄目なら殺せか・・・」

そう呟きながら『七つ夜』を構えようとするがそれより先に銃口が志貴に集中する。

「おっと、貴様は動くなよ。貴様に動かれると面倒だからな」

ニヤニヤ笑いながら志貴の眉間に銃口を押し付ける。

「まあ、恨むんならうまく立ち回れなかった自分を恨みな」

その瞬間志貴のものでも男達の者でもない第三者の声が響き渡った。

・・・あんた達こそ恨むんならこの森で『俺達』に敵対行為をした自分を恨みな

その瞬間、

―閃鞘・八穿―

その言葉と共に志貴に銃を突きつけていた男の首が飛んだ。

その表情には下卑た笑みが最期まで貼り付いている。

痛みすら皆無だったのだろう。

「!!な、なんだ!!」

「・・・まったく愚かだね。『僕達』の森で僕達の『家族』に手を出そうだなんて」

「ああ、ホント、笑いたくなる位」

慌てふためく男達に嘲笑に近い笑い声が聞こえる。

「「「その代償はおじさん達の命で支払って」」」

それと同時に数人の人影が音の無く頭上から降ってきた。

「!!!」

それに銃を構えようとするがその瞬間全て終了していた。

―閃鞘・七夜―

一人が日本刀を構えた者に胴切りされた。

―閃鞘・双狼―

一人は槍を持った者に左右から同時に串刺しにされた。

―閃鞘・八点衝―

一人は矛を持った者に一瞬で肉塊と化した。

「あ、あああああ!!!」

そして最期の一人が銃を乱射しようとした瞬間志貴はその懐に入り込み

―閃鞘・十星―

あっと言う間に五人の人間は五体の死体と化した。

「あっけないな〜」

「仕方ないよ。最近はこんなもので訓練もろくにしていない奴が簡単に殺しが出来るんだから」

「だからこそ俺達の需要が増えるのかもしれないけどさ〜」

死体を尻目にそんな事を言っているのは三人の少年。

年は皆志貴と同じ位であろう。

志貴はそんな少年達に親しみを込めて言った。

「皆ただいま」

「「「ああ、志貴お帰り!!」」」







「しっかし、志貴ほんと強くなったんだなぁ〜」

「そうか?皆だって強くなっているって」

「僕達と志貴を比べられるというのもな〜」

「なあ、翡翠に琥珀だってそう思うだろ?」

「うん、志貴ちゃんの『十星』見えなかった・・・」

「うんっと強くなっているよ!!志貴ちゃん」

襲撃者を撃退した志貴達六人は改めて歩き始める。

「そうかな?」

「そうだって!!なにせ『閃の七技』全部会得したの志貴だけだぜ!!」

「えっ?結局誰も」

「ああ、晃と誠の奴でも四つが精一杯」

「他の皆は二つが良い所」

一人が肩を落としながらぼやく。

「大体さぁ〜父ちゃん酷いんだぜ。何時も口癖のように『志貴より強くなれ』って言うんだぜ?そりゃないぜって思わないか?」

「あっ僕も言われている」

「俺も俺も」

「「「結局志貴は規格外だからな」」」

「ははは・・・」

そのぼやきに志貴は苦笑を返すしかない。

まあ、この場の笑い話で済ませる当たり三人とも気にはしていないようだ。

と言うよりも志貴の実力は全員が認める所でもあったのだから当然であるとも言えるだろう。

「でもさ、志貴」

「ん?なに?」

「私生活じゃ俺達が先輩だからな」

「そうそう」

「わからない事があったら僕達に聞けよ、後輩君」

そう言って三人は笑う。

「へっ?何の事だ?」

志貴は訳もわからず首を傾げる。

俺達結婚してるんだよ!!

「ええっ!!!」

志貴は驚いた。

しかし、世代交代の早い七夜ではこの位が結婚の適齢期である。

そして、二十歳位にはもう子供が出来ている。

これが七夜ではある種の常識となっている。

ちなみに黄理は二十歳位に結婚した。

「まあ、先輩と言ったってまだ新婚ほやほやだけどな」

「へえ・・・ひょっとして七夜で結婚していないのって・・・」

「男じゃ志貴だけ」

「女じゃ翡翠と琥珀」

「えっ?」

志貴は面食らった。

志貴から見ても二人は本当に綺麗になっている。

これだけ綺麗になっていれば放って置かれるはずがない。

それが何で・・・

「翡翠ちゃん達まだ結婚していないの?」

「うん・・・」

「そうだよ・・・だって・・・」

そんな志貴の質問に、もじもじし出した二人に志貴は察する。

「ああ、そうか・・・二人とも好きな人がいるのか・・・」

その言葉に瞳を輝かせる二人。

しかし、次の瞬間には、

「しかし、羨ましいよな・・・二人がこんなにも好きになる男って・・・」

歴史がどう転んでも変わらない・・・というより変わる筈の無い朴念仁の言葉にがっくりと肩を落とした。

「「志貴ちゃんの鈍感・・・」」

姉妹は口を揃えて小声で罵り三人は姉妹に心の底から同情した。

「何で志貴わからないんだろうな・・・」

「僕に聞かれても困るんだけど・・・」

七夜の少年少女・・・いや、里の人間なら誰でも知っている。

『翡翠と琥珀が志貴に恋心を抱いている』と言うのは。

おそらく知らない・・・いやわからないのは一途な想いを寄せられている志貴本人だけだろう。

その為他の七夜の少年達は翡翠や琥珀に横恋慕する気はなかったし、大人達も無粋な真似はしなかった。

そして同年代の少女達は志貴に憧れを持っている者は多数いたが二人の恋を応援する者は全員だった。

それ故に志貴が修行に出る前から色々と気を使って三人きりにしたりもしたが一向に進展を見せていない。

その為七夜の中では黄理と真姫の夫婦喧嘩の勝敗と一緒に『志貴が二人の想いに気が付くのが先か、翡翠・琥珀が痺れを切らして既成事実を作るのが先か』で賭けが発生している。

今のところは五分と五分であるが。

「???・・・そうだ、所でさっきの事は皆には・・・」

志貴はそんな全員の変化に首を傾げたが話題を変えた

「ああ、大丈夫。誠の奴が御館様に志貴が到着した知らせと一緒に知らせている筈だから」

「そう・・・でもお客はまだ来るみたいだよ」

「えっ?」

その時視界には見えていないが志貴の四聖獣の一つ白虎が知らせていた。

(主よ先程の不逞なる輩がまたこの森に入りました)

(数は?)

(およそ二十、それが分散してこちらに)

(しつこいな・・・せっかくの帰ってきたのに・・・後他に気配は?)

(麓に指揮官と思われる人間がおります。その周囲には護衛が十名)

(わかった・・・)

念話を終わらせると、志貴は全員に向き直る。

「皆ここで少し待っていて、俺にさっきの客の連れが来たから挨拶してくる」

「でも」

「大丈夫」

それだけ言うと『七つ夜』を構え印を組み神具を直接召喚した。

―極鞘・白虎―

その手に握られているのはかつて真祖一、死徒三、魔術師(現在代行者)一の追跡に力を存分に振るった『双剣・白虎』。

しかし、その真価は逃走に使われるのではない。

―疾空―

構えると同時に志貴は消えた。

そう、閃鞘を見ている全員の眼ですら追えない程の超スピードで消えた。







一方侵入してきた男達は先程志貴を殺害しようとしていた男達と同じく完全武装でここに来ていた。

しかし、自分達が何処に来たのかそれを全くわかっていなかった。

いや、先立って調査したが、彼らはそれを信用していなかった。

わかっていれば・・・その恐怖を身に沁みていれば、このような自殺行為を望んでする奴はいない。

七夜に敵対する事は死を意味する。

日本退魔組織では常識であるそれを彼らは鼻で笑った。

いかに強力とはいえ所詮は東洋の島国にあるちっぽけな組織。

それをどうして自分達が恐れるのか?

なにより、あの小僧・・・七夜志貴は自分達を完全に無視した。

その報いを与えねばなるまい。

一部退魔組織の暴走が今回の襲撃となった訳である。

しかし、数分後彼らはその恐怖を味わう。

自身の命を代価としてだが。

「???」

突如一人が消失した。

「な、なん・・・」

二人目も言葉を発する前に抹消された。

「!!!」

これが恐慌の始まりだった。

周囲には気配も無い。

まるで静かな森、その中愚かな襲撃者は銃を乱射する。

しかし、そんなもので姿無き襲撃者を撃退などは出来ない。

一人、また一人と、まさしくこの世から抹消されていく。

一人目が消去されてから僅か三分で三十人余りの襲撃者はこの世から抹消された。

「ひ、ひいいいい・・・」

残された一人は怯えきった仕草で銃を引き抜こうとするがその銃も握った右手ごと消滅された。

「あ、あああああ!!!」

マジックで消されたのではない。

ちゃんと痛みもある。

あまりに速過ぎた為、意外なほど出血は少ない。

そこに首筋に刃を構えた志貴が姿を現す。

「さて・・・今回は右手だけで止めておくけど、また来たら今度こそ命は無い・・・他の連中にも伝えといてくれ」

「あ、ああああ・・・」

声すら出ずただ首を縦に何回も振る。

「じゃあいいよ・・・さっさと失せな」

「ひ、ひいいいいい!!!」

男は転げる様に逃げていった。

それを見て志貴が構えを解く。

(やれやれ・・・主に牙を剥くと言うからどの様な剛の者と思いきや・・・)

(まあそう言うなって白虎。普通の人間じゃ『疾空』は見えないから仕方ないさ)

志貴が行った事はいたって単純、移動し標的を滅多斬りにして、また次の標的に移行する。

ただそれだけである。

方法は尋常だったが、それを行った速度は尋常ではなかった。

その速さは人の眼では識別不能。

完全に消去された者の中には自分が斬られるだけ斬られて粉砕された事に気づかない者もいたに違いない。

まさしく極限の速さを手にする『双剣・白虎』だからこそ出来る極速戦法、それが『疾空』だった。

(じゃあ、お疲れ)

そう言い志貴は双剣を元に還す。

(はっ・・・主も帰られるべき場所に戻られたのですからごゆるりと)

「ああ、わかっているって・・・さてと・・・帰るとするか・・・」

そう言い、志貴は再度懐かしき森に帰る。







「あっ志貴!!」

そこでは琥珀達五人がまだ待っていた。

「ごめん、遅くなって」

「いや、別にそれは良いんだけど大丈夫か?」

「ああ、傷一つないだろ?」

「ああ、そうなんだけどな・・・」

「じゃあ、行こう、もうすっかり遅くなったから皆待ちくたびれているだろうし」

そう言った時、

「そうだぞ志貴、すっかり遅くなったから御館様がいらついているぞ」

「早く来てくれよ志貴、御館様もだけど奥様もそわそわしているんだから」

「あっ!!晃!誠!」

そんな軽口を叩きながら現れたのは同じ年位の同じ顔立ちの少年。

一人は黄理の兄、楼衛の息子七夜晃。

そしてもう一人は妹、妃の一人息子七夜誠、つまり志貴にとっては従兄弟の間柄となる。

「久し振りだな志貴。さっき見ていたけど『十星』凄かったぞ」

「よければ俺達にも教えてくれよ。『十星』会得したのお前だけなんだから」

「ああ、幾らでも教えてやるよ。それよりも急ごう。父さん達すっかり待ちくたびれているんだろ?」

「ああ!!そうだそうだ!!」

「皆急ごうぜ!!」

「じゃあ競争するか!」

「「「「「賛成―!!」」」」」

志貴の提案に男五人が賛同する。

「えーーっ!!」

「私達着物だし・・・」

「じゃあ志貴はハンデ、翡翠・琥珀を抱きかかえてすること」

「めちゃくちゃきついぞ!!それ!!」

思わず志貴が叫ぶと、

・・・志貴ちゃん、それって・・・

私達が重いって事?

冷え冷えとした声に五人に冷や汗が滴る。

特に志貴には首筋に刃が突きつけられていた。

「い、いや、そうじゃなくて・・・二人いっぺんだから抱きかかえ難いと言っただけで・・・」

そんな、しどろもどろの説得の後競争は実施される事となった。

志貴は翡翠をおんぶして、琥珀をお姫様抱っこしながら。







「親父〜志貴帰ってきたぞ〜」

七夜の里にそんな声が木霊する。

「おお、帰ってきたか」

息子の声に七夜楼衛が歩いてくる。

「叔父さん、お久しぶりです」

「ああ、良く帰ってきたな。志貴、所でお前・・・」

「これについては何も聞かないで・・・」

志貴は苦笑しながら叔父の言葉を遮る。

翡翠も琥珀も頬を紅くして志貴にぎゅっとしがみ付いている。

ふと、周囲から

「見ろよ、二人ともあんなに幸せそうな顔で・・・」

「こりゃ結婚も秒読みかな?」

「いや、まだわからんぞ。何しろあの志貴だから」

そうひそひそ声がする。

そんな声を一応無視して、叔父に

「あれ?父さんと母さんは?」

「ああ、二人なら・・・来た」

その視線の先には、懐かしき父と母。

そこで志貴は翡翠と琥珀をそっと降ろし、二人に近寄る。

そして、軽く膝を突く。

まずは親子でなく、当主と配下の立場で。

「御館様、大変遅くなりました。七夜志貴、欧州での修行を全て完遂し、本日帰還いたしました」

それに対して黄理もごく自然に

「ああ、ご苦労だった」

と自然にかえす。

そこで黄理はぱんと手を叩いた。

その段階になって、志貴は立ち上がると今度は息子として挨拶を返した。

「ただいま・・・父さん」

「ああ、良く帰ってきたな志貴」

そう言って笑いあう志貴と黄理、とそこに、

「・・・志貴・・・」

真姫が志貴をそっと抱きしめる。

「・・・母さん、ただいま」

「ええ・・・お帰りなさい・・・志貴」

その光景を周囲の者達は暖かい視線を向けていた。

実に五年ぶりとなるであろう親子の再会を。







こうして『真なる死神』は帰国を果たし懐かしい家族との再会を果たした。

歴史は穏やかな渓流だが七夜志貴の人生と言う名の川の先には激流・・・いや、滝壺が待ち構える事をまだ彼は知らない。

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